安息日の決まりごと

 

安息日=それは神様が6日間かけて天地を創造され、7日目に初めて安息のときをもたれた日。

 

簡単にいいますと、安息日とは、一週間の労働を終え、

心身ともにひとときの休息のときを与えるとても大事な日なのです。

ただ休むだけではなく、何回もシナゴーグにいってはお祈りを捧げ、

神様と深く交わることができる一番大切な日と考えられています。

安息日は一週間に一回やってきますので、たいした重要性は無いのではないかと思われがちですが、

しかしこの安息日は、一年に一回しかやってこないどの祭日よりも最も大事な日と定められているのです。

それだけに安息日の戒律にはいろいろな決まりごとがあり、さまざまな解釈の仕方があります。

 

基本的には安息日には全ての労働が禁じられています。

働くこと、書くこと、写真をとることなど利益行為や機械・道具を動かしたりすることはかたく禁じられています。

しかし時代が進展するにつれ、世の中にはさまざまな物が発明され、豊かになってしまったがゆえに、

人々は何が労働にあたり何が労働とみなされないのかがわからなくなってしまうケースは多々あるわけです。

そのためあらゆるところで注意事項書きがされています。

そう、このように・・・

チューペット

לשבור לפני שבת  安息日の前に割ること!」

 つまりですね、チューペットを安息日に割ることは労働とみなされる。

だから安息日になるまえにチューぺットを割っておきなさい。

そうすれば安息日でも食べれますよ。

といったことが書かれてありました。

 

時代の進歩により生み出されたこのチューぺット。

これを割るために費やされる労力がどれぐらいなものかは計り知れませんが、

それがなぜ労働にあたるのか、という解釈にはなかなか奥深いものがあります。

みなさんはどう思いますか。



夏が終わる頃・・・

summer 2009

 

夏が終わろうとしている。

暑いイスラエルの夏。

今年は格別に暑かった。

いろんな意味で熱かった。

 

僕にとっても最高の夏だったと思う。

夏は一年に一回やってくるかもしれない。

けど、毎年思うんですね、

こんな夏はもう二度とないだろうなって。

 

友と汗流しながら、涙流しながら、

一つの目標をやり遂げた時の達成感と歓喜は計り知れないものである。

でかい目標には、でかい困難がセットのようにくっついているもんであって、

決して簡単には超えれはしない。

だが、決して簡単にはあきらめたくない。

だからこそ人は「挑戦」をする。

不可能なものだと思えば思うほど「挑戦」したくなる。

不可能を可能にするパワーは、潜在的パワーをくつがえすような、物理的に証明できない不思議なパワー。

 

下手でアレ、失敗でアレ、

なんでもいい。

みんなの笑顔が僕らのパワーの源。

 

この夏もイスラエルで過ごせてよかった。

最高の夏だった・・・

二度とこないであろうこの夏・・・

この夏も、あの夏も、どの夏も、イスラエルで過ごした夏はいつも最高の夏だったな。

夏が終わる頃、こんな気持ちにさせられるのは僕だけでしょうか。



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