神殿崩壊日

 神殿崩壊を描いた絵

昨日はユダヤ暦で数えて、アヴの月の9日目にあたる日でした。

ユダヤ教の伝承では、この日にエルサレムにあった神殿が崩壊した日であるといわれています。

 

ユダヤ教における神殿とは、古代エルサレムにそびえたっていた最大の礼拝所。

この地で多くの祭儀が執り行われ、また祈りの中心地として多くの巡礼者が訪れる場所であります。

まさにユダヤ人にとって神殿とは、神様が宿る最も聖なる場所にあたるのです。

 

ここエルサレムには、3000年前にソロモンによって創建された第一神殿があり、

その後一度は滅びますが、エズラ、ネヘミヤたちによって神殿はエルサレムに再建されます。

しかし、今から1939年前の昨日、アヴの月の9日目、ローマ帝国軍の攻撃によって完全に崩壊してしまうのです。

 

長い歴史をえて、再びユダヤ人はエルサレムに帰ってくることができたわけですが、

今はもうここに神殿は建てられてありません。

しかしその跡地には、いまだに当時の神殿を囲んでいた壁(嘆きの壁)などが残っており、

最も神殿に近いこの嘆きの壁で今でも毎日、24時間祈りが捧げられています。

そして年に一回、神殿が崩壊したその日には、多くのユダヤ人はここ嘆きの壁に集まり、

夜通し哀歌などを読みながら神殿が破壊されたことを嘆き、その悲しみを記憶するのです。

 

朝5時、眠い目をこすりながら、僕らも嘆きの壁へ。

断食をしながら徹夜祈祷ということもあり、皆の表情は少し苦しそうでしたが、

一つ一つを自分の体で記憶することで、またそれが祈りへと変わっていくのでしょう。

ただ、少々子供たちには大変そうなのかな。

しっかりと寝袋を用意して、お父さんたちが祈っている横で爆睡中・・・

もっとも聖なる場所で見る夢っていったいどんな夢なんだろうなぁ???

神殿崩壊日



ハイファの夜景

はじめまして、Carmelと申します。
Blogの管理等を任されていますが、もっと皆で活動を盛り上げていきたいということで、私も初投稿させて頂きます。

私はハイファという町に住みながら、この町の大学で学んでいる者ですので、
何度かに分けて簡単に町や土地柄などを紹介していこうと考えています。

地中海沿岸(ハイファ市バット・ガリーム地区より)

地中海沿岸(ハイファ市バット・ガリーム地区より)

ハイファー(حَيْفَا)とはアラビア語でして、ヘブライ語ではヘイファー(חֵיפָה)と読み、海岸を意味する言葉から派生した町の名前だと言われています。
紀元前3世紀頃から、 ユダヤ教の伝統的な書物の中に何度も登場するようになりますが、その後の他国による支配の変遷によってこの町も何度もその姿を変えていきます。

地中海とカルメル山という聖書の大舞台に座する町で、ここにも多くの巡礼者が訪れます。町並みの大部分はオスマン帝国の支配時に由来するものが多いですが、山上の町であり港町でもあるハイファは昔から文化的に重要視されてきました。

現代では、エルサレムは宗教・政治的な中心地、テル・アビブは経済的な中心地という風に言われるのに対し、ハイファは産業の中心地と言われたりもします。今では貿易は専ら国際空港を持つテル・アビブの方が栄えていますが、ハイファでは多くの工場が立ち並び、IntelやMicrosoft、IBMやGoogleなど世界に名を馳せる企業の開発所があります。

色々な民族、宗教の人たちが仲良く共存できる平和な地域でもあり、ペルシャ発祥の世界宗教バハイ教もハイファに本部を構えていることで有名です。バハイ教の巨大な寺院・庭園があり、町のシンボルのようにも思われます。

…(別の記事で紹介は続きます)

先日、ウルパン(ヘブライ語教室)で学びを終える友の帰国が近いので、短い時間でしたがハイファは散策、最後にハイファの夜景を展望しました。カルメル山中腹(標高200mくらい、多分)にある展望台から、漢のロマン、地中海方面の町並みを展望しました。

ハイファの夜景(カルメル・センターの展望台より)

ハイファの夜景(カルメル・センターの展望台より)

人工的な美しさとはいえ、この二千年来の血なまぐさい歴史をすべて見届けてきた地中海とカルメル山に、この地を生きた偉人たちに肖って生きようとする人々が彩る光なのであれば、これもまた聖地が持つ輝きの一つなのではないでしょうか?

…あと、逆に湾岸側から見上げる山上の夜景ももっと凄いです。夜景を見上げるなんて、日本では少ない光景です。ハイファいいとこ一度はおいで♪



A Matter of Size

 

相撲とは、日本古来から神事や祭りとしてとりおこなわれ、

今では日本を代表する武道となっているのは言うまでもありません。

こちらイスラエルでも、「日本」といってまず思い浮かぶものは

寿司と相撲」と多くの人が答えるくらい有名なもの。

だからこそこんな映画も誕生してしまうのかもしれません・・・

 

 

7月9日から18日にかけてエルサレム・フィルム・フェスティバルが開催され、

今年で26回目を迎えるこの映画祭は、世界40カ国以上から150本以上の映画が一挙に上映されました。

 

そして今年の映画祭の目玉になったのはなんといってもこの映画!

「סיפור גדול  (A Matter of Size)」

これは映画祭のオープニングを飾った映画でしたが、なんと題材は日本の相撲だったのです!

 

コメディー映画だと聞いた時にはなんとなく想像はついたのですが、

しかしもうチケットは一週間前から売り切れ状態というくらい前評判は抜群に良し。

 

「相撲は、ただ太っているだけではない!」

といって、太っているイスラエル人が無駄な減量をやめ、相撲に全てをかけるといった熱血ストーリー。

 まだ実際に見ていないのでなんともいえませんが、ぜひ皆さんも少し覗いてみてくださいな。

 

日本語のみの方はこちら・・・

 

 

ヘブライ語がわかる方はこちらでもお楽しみください。



~シンユウ~

 

「ふざけんな、ボケ!おせぇ~んだよ!!」

 

出会うなり開口一番に言った言葉がこのセリフ。

遅れて迎えにいった僕が悪いのであるが、

しかし9年ぶりの再会がこれかよ!と思うと笑えてならなった。

 

僕には小・中・高とずっと一緒の学校に行き、いつもつるんでいた「シンユウ」と呼べる友が数人いる。

しかしイスラエルに行くことを決めた僕は、高校卒業後地元を離れ、シンユウたちとも別れた。

「二度と会うこともないだろう」と決心したが、自分の心には嘘はつけず、高校卒業式の夜皆の前で号泣しまくった。

 

しかし、時代は流れ、変わっていく。

二度と会うことはないと思っていたシンユウの一人が、はるばる僕を訪ねにイスラエルまでやってきたのだ!

そう彼の名はsugiX。

sugiX

彼とは小さいときから良きライバルであり、僕にっていつも目標となるような憧れの存在だった。

そんな彼は今、某大手企業でデザイナーとして働くかなりのやりてだ。

  

「聖書なんて読んだこともねぇ。神様なんか信じてねぇ。だいたいイスラエル教ってなんだ?それを信じてどうなる?」

といった感じでガイドをするのにも一苦労するくらい、とんでもねぇことを連発するやつだが、

しかしいくところ全てに何気なく感動している姿に僕も嬉しかった。 

 

 

 gaza

初めて行ったガザへの入り口に立って彼はビビリまくり・・・

negev 

日本では見ることのできない大自然に触れ、開放された彼は子供たちとおおはしゃぎ。

そして満天の星空の下で腹が痛くなるまで肉を食べ続けた。

barbecue

 

3日間と短い期間ではあったが、いろいろな話をした。

あいかわらず、説教くさいところは昔からかわっていない。

そして、

「おまえ、ほんとブサイクだな!!」

と、100回近く言ってくるその口の悪さは天下一品だった。

しかしこうやって160キロ程のストレートを真っ向勝負にぶつけてくる奴の言葉が懐かしくてならなかった。

(でもきっと彼は気づいていないだろうな、そのストレートが全部デッドボールになっていること・・・)

まだまだ僕は学生気分。社会で戦っている彼との差をいよいよ感じてしまったが、またそれ以上に彼を尊敬した。

 

彼には大きな野望がある。

これから会社を辞め、世界に出て、いろいろなことに挑戦すると語っていた。

「何をやってもいい。どんな仕事でもいい。大事なのはどう生きたかなんだよな。」

「本気で生きてる奴は本気の姿勢をみせなきゃいけねぇだよ!」

「俺の敵は俺自身!それに勝つためには自分が自分をかっこいいと思える生き方をしたらいいんだよ。」

 

考えも、生き方も、思想もまったく違うお互いであるが、なにか共通しているところはあるんだろうな。

だから遠くにいてもつながってるものがあるのかもしれない。

だから僕は思うんです。きっと彼は勝利する。間違いない。

 嘆きの壁

 

 これから新しい出発をきろうとしている彼の後姿は自信と誇り(そして少々の不安)に満ちていた。

2,30カ国と渡り歩いてきた彼であるがイスラエルが一番最高だった言ってくれたことは、お世辞であっても嬉しかった。

そして新しいプロジェクトが成功すれば、いつかイスラエルでもやってみたいという。

そんな野望に心燃やす彼を見ながら、僕はここ嘆きの壁に一つ願いをおいてきた。

 

「いつかはこのイスラエルでも、彼が考えている新しいプロジェクトを一緒にできますように」

 

Be a Big Man, and Be a Great Man, and Be a Hero in the Strife!



ラスト・サラム!

 

旅は順調に進み、いよいよ最終日の5日目。

僕らは朝いちにアンマンからバスに乗り、ネボ山に向かうことに。

っと、その前にやることといえば、朝にアラビアン・コーヒーを飲むのがこちらのしきたり。

道を歩いていると誰もがコーヒーを飲んでいるのにちょっとびっくりであったが、一杯たったの35円とは安すぎる!

コーヒー

 

バスに乗り走ること一時間。

今まで砂漠地帯しか走ってこなかったが、ここにはたくさんに畑があった。

アンマンから西に向かって広がる地帯はモアブ平原と呼ばれている。

きっと聖書にでてくるモアブ出身のルツもこのようなところで育ったのかと思うと、感動でならなかった。

 

そして辿り着いたところは、聖地ネボ山。

ここからの眺めは本当に素晴らしかった!右に死海が見え、左にはエリコの町、

そしてど真ん中にはうっすらと聖都エルサレムが見える。

ネボ山

申命記34章によると、

この山にのぼったモーセに神様はアブラハム、イサク、ヤコブに誓ったカナンの地を見せた。

しかし神様はモーセにカナン入りを許されず、その場で天にへと引き上げていく。

そして今に至るまでモーセが葬られた場所は誰も知らないのである。

 

何かここにくるだけで、少し神妙なおもむきになるのは気のせいであろうか。

南からずっと上がってきて着いたこのネボ山。

目の前に見えるのは今自分たちが住んでいるエルサレムの町。

ここに立ったモーセの思いはどんなものであったのだろうか。

そして最大の指導者を失ったイスラエルの民はどのような思いになったのだろうか。

 

聖書はこのあとヨシュア記へと続いていく。

そして神様はまず初めに次の指導者をヨシュアと定め、彼に

「強く、また雄々しくあれ!あなたがどこに行くにもあなたの神、主は共におられるゆえ、

恐れたはならない、おののいてはならない!

と励まされた。その言葉が僕の中にも響いてならなかった。

 

その後はマダバに行き、そしてアンマンへと戻り、アンマン城を見て国境へと向かった。

もう少し書きたいことはいろいろあったが、もう説明ごとが多くなってしまうのでやめておきます。

 

 

総括として・・・

やはりヨルダンも聖書の舞台、つまり聖地だということを改めて実感しました。

そしてなりよりも感動したのはヨルダン人の人柄がとても良いということ。

どこに行っても、ぼくらが日本人だというと笑顔で話しかけてきてくれる。

貧しい国かもしれないが、子供たちも一生懸命働いているし、

その日その日を何とか生き抜こうと必死になっている姿に感動した。

子供

バスの中で一時間近くアラビア語を教えてくれたファズワーンくんとザイトくん。

君たちの笑顔は一生忘れないよ。

 

君主制国家のヨルダン王国は、どこに行ってもヨルダン国旗が掲げられ、

国王の写真がどこの場所に行っても掲げられてあった。

彼らはそれが当たり前だというんだが、同じように君主制の形を取る日本とは明らかに違うのはショックだった。

 

何はともあれ、無事に帰ってこれてよかったです。

 

〈終わり〉



サラム・アレ~クム! (4.5)

 

ワイルドターキーにはまってますさん、コメントありがとうございます。

そうですね、お酒見つけるの大変でしたよ。

根性で見つけたパブにはおじさんたち3人しかいませんでした。

 

だけど、いいお酒見つけたんですね。

だからこの場を借りてヨルダン究極のビールを紹介!

そう、これが「ぺトラび~~~る」

ぺトラビール

これも新・世界七不思議に登録してほしいですね。

なんてったてアルコール度8%も入っちゃてますからね。

これでぺトラに行く理由ができましたね。

 

あなたも一杯いかがですか?

 

〈特別編でした〉



サラム・アレ~クム! (4)

ぺトラ

4日目・・・

「なんじゃ、こりゃ~!!」とビックリされている皆さん、

これがあの難攻不落の町ぺトラでございます!!!

まるで人間がありんこに見えますよね。

 

これがかの有名なエル・カズネ(宝物殿)とよばれているもの。

高さはたぶん20~30メートルくらいあるのではないだろうか思うぐらいでかい!

ぺトラの遺跡はヨルダン国内で最初に世界遺産に登録された遺跡。

今では新・世界七不思議に選ばれてしまうほどワンダフ~ルなものであり、

まだ多くの謎が秘められているのだとか。

とにかくその巨大さに驚くのもさることながら、これらがひとつに一つに限らず、

この周辺一体にはに数十の同じような砂岩をくりぬいて作られた巨大な遺跡が数多くある。

ぺトラ2

 

「ぺトラ」はギリシャ語で「岩」を意味し、紀元前一世紀ごろからナバテア人の都市として栄えた。

現在のイスラエルでも、当時のナバテア人が考えついた「砂漠の中でも農業を成功させる技術」を用いてブドウ園を作り、

困難な条件が多い砂漠地帯でも農業で成功している例があるほど、ナバテア人は優れた技術をもっていた。

またギリシャ文化やローマ帝国の技術・芸術を用いて、誰もが考えつかないようなものを築き残していったのである。

このローマ劇場も岩をくりぬいて作ってあり、とてもすばらしかった。

ローマ劇場

 

そして、さらに山道を歩くこと1時間、たどり着いた場所にはぺトラ最大の遺跡があった!

見えますか、真ん中で大の字になっているD兄が。小石でもアリでもありませんから。

ぺトラ3

これはカスル・エル・ビントと呼ばれ、かるく40メートル近くこの建物は、当時のナバテア人の神殿といわれている。

それにしてもデカすぎませんか、これ。。。

 

結局ぺトラの全遺跡を歩いてまわること6時間!!

おかげで体重が2Kgも痩せましたわ。

 

またここには、モーセが杖で岩をたたいて水が湧き出たという奇跡(民数記20章)が起きた場所だといわれ、

またこのぺトラの山の向かいが、アロンが死んだと記されているホル山(民数記33章)だともいわれている。

まさに聖地ですね!

ぜひここは人生に一度行くに価値ある場所だと断言できます。

 

そのままバスに乗り、砂漠の道を猛スピードで北上していく。

ヨルダンも国土の80%は砂漠地帯といわれるほど、見渡す限り砂漠しかない。

すでに40度はゆうに超えていると思われるが、バスにクーラーなど無く、

窓を開けるしかないが、しかし開ければまた強烈な熱風が入り込んでくる。

そして追い討ちをかけるかのように、ヨルダン人は平気でバスの中でタバコを呑みまくる・・・

だけど、僕もイスラエルで6年培われた根性で、

汗びっしょり、よ○れびっしょりになりながら3時間暴睡してやりました。

 

着いた先はヨルダンの首都アンマン。

一泊一人750円の安宿をみつけ、夕食を食べ、ヨルダンの夜景を見に行くことに。

明日はどんな旅が、出会いが待っているのやら。。。

アンマンの夜景

 

〈つづく〉



サラム・アレ~クム! (3)

3日目・・・

いよいよヨルダン入国に向けて旅立つ。

バス

 

ベエル・シェバから大型バスに乗り込み三時間バスに揺られ着いた先はエイラット!!!

イスラエルに行ったことがある人なら、誰もが行ってみたいという遊楽地。

エイラット

誰もが一度は憧れるこの地に初めて足を踏み入れた感想は・・・

 

たいして面白くなかったのです。

う~ん、着いて一時間ぐらいブラブラしましたけども、やること無くて結局出国しました。

やはり遊ぶには時間とお金が必要みたいですね。

 

ということで、いよいよ出国・・・と思いきや10分で入国!?

あっという間に手続きが終わってしまいヨルダンに入国してしまいました。

 

そして最初に行った地はアカバという町。

はじめてみました、ヨルダンの海の家!中東って感じですね。

アカバ

ひと泳ぎしましたよ。気持ちよかった!

 

そしてバスに乗り込み、砂漠の道を走ること2時間・・・

たった2DIN(日本円でたった280円)でぺトラ近くの町に着きました。

 

きっとイスラエルの民も3300年前、モーセと共にこのアカバの地を通り、

40年間近くも歩いたのかと思うと言葉を失います。

 

いよいよ明日はぺトラ!このくそデカイ最強の遺跡を攻略するぞ!!

 

〈つづく〉



サラム・アレ~クム! (2)

ミツペラモン

2日目・・・

朝みんなでミツペラモンに向かった。

スデー・ボケルからさらに40km南にいったところにポツリと町がある。

この町ができたのは1956年と比較的若い町であるが、いまはホテルも建ち、一観光地になっている。

 

 ミツペラモン2

ここは僕らが初めてイスラエルに来た9年前に、最初に宿泊した思い出の場所でもある・・・

当時僕らは「開拓者」という言葉に心燃やされた。

何もないところに道をつくり、畑を耕し、家を建てていく。

土台つくりから始まり、それが何世代とわたっていくにつれ、そこは拡大されていく。

しかし豊かになればなるほど、現在の生活に満足し、過去の基礎作りなど忘れられてしまうのかもしれない。

 

イスラエル国土の60%は砂漠地帯。

そのような厳しい自然状況にも屈することなく挑んだ開拓者たちに今でも憧れる。

自分もそうなりたい!

 

呼ばわる者の声がする、

「荒野に主の道を備え、さばくに、われわれの神のために、大路をまっすぐにせよ。

・・・人はみな草だ。その麗しさは、すべての野の花のようだ。

主の息がその上に吹けば、草は枯れ、花はしぼむ。たしかに人は草だ。

草は枯れ、花はしぼむ。

しかし、われわれの神の言葉はとこしえに変わることはない。」

 

荒野を眺めながら聖書のイザヤ書40章を読んだ。

ここで読むのに最も相応しい聖句であった。

 

動物園

そのあとみんなでハエー・ラモン動物園にいきました。

平均年齢25歳以上のメンズグループがそろって動物園を見学・・・

 

しかしここには砂漠地帯に生息する動物たちを飼っているちょっと変わった動物園。

厳しい環境のなかを動物たちも一生懸命生きている話を聞けてとても興味深かった。

動物たちも頭が本当にいい。

ヤマアラシ

ガイドを聞いた中で一番面白かったのがこのヤマアラシ。

とっても面白かったけど、ちょっと公共の場では書けませんので、

ぜひヘブライ語がわかる方はヘブライ語版ウェキペディアで検索してみてください!

 

〈つづく〉



サラム・アレ~クム! (1)

 

ただいま~!

ということで昨日5日間にもわたる長旅を終えて帰ってきました。

長いようで、あっという間の旅行。こんな旅が僕は大好きです。

内容盛りだくさんなので、何回かに分けて書いていきます。

 

 

ヨルダン入国前にまず・・・

週末はイスラエル南部のベエル・シェバよりもさらに一時間ほど南に行ったスデー・ボケルという所に行った。

ここには砂漠開発研究所がある。

実際に砂漠のど真ん中に研究所を建て、そこで世界中から集まったつわものたちが、

砂漠にどのように挑むかを日々研究しているのだ。

そしてそこには我々の友人T兄が学んでいる。

 

なれない言葉で、難しい内容を勉強している彼であるが、いよいよ研究も最終段階に近づいているという。

しかし一人で生活しながら目の前の壁に苦戦している状況を聞くと、いてもたってもいられない!

このくそ熱い夏であるのにもかまわず、一晩中鍋をかこみ語り合った。

鍋

 

鍋をかこみながら、世界中から寄り集められたビールを飲む!最高である!!

ビール

 

その後は、みんなで外に出て男たちだけで散歩。。。

外灯も光もないところにみんなで寝転がり、満天の星空を眺める。

最高に美しい!

いかに自分という存在が、この大宇宙の壮大さに比べたら小さいかがよくわかる。

 

部屋に帰ってからもう一度鍋をかこむ・・・

これだよね、やっぱり。

気がついたらもう夜中の3時をまわっていた・・・

 

〈つづく〉



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