ハグ アツマウート サメアハ!!
イスラエルが独立61周年記念を迎えました。
そして今年はテルアビブ市100周年記念でもあります。
とにかくHAPPYなのでみんなで乾杯!!!
とにかくHAPPYなので、そこらじゅうでバーベキューやってますよ。
だけど・・・
今年は肉が食えなかった~~!!
そして独立記念日恒例の聖書クイズやってましよ。
気合入れてみましたが今年も
一問しかわからなかった!!
うん、一問分かったんだからすごい。
さて問題です。
「士師記の中で、鉄の戦車900両をもち、20年間イスラエルの人々を激しくしえたげた人は誰?」
答えが分かった方はコメントに入れてください。
もれなく・・・・・があたるかもしれません!!
イスラエル独立61周年おめでとうございます。
4月28日戦没者記念日。
建国以来イスラエルのために戦い戦死した兵士、またテロ行為の犠牲になった人の数はすでに
22570人になる。
イスラエルでは毎年建国記念日を前に戦没者を記憶する時をもつ。
午前11時、2分間のサイレンとともに全てがとまった。
誰も動きもしない。
お昼、ひとりの女性がテレビ授業を行っていたのが印象的だった。
若くしてご主人を戦争で失い、失望の中をとおりながらも、信仰をもって現実を受け入れている話。
辛さゆえに毎日涙した。
未来に不安があった。
けど、バアル・シェム・トーブ(18世紀に生きた偉大なユダヤ思想家)が言った言葉が今も支えとなっている。
“בזכרון סוד הגאולה”
「記憶の中に贖いの秘密がある」
大事な人を失った悲しみは絶えることは無い。
しかしただその人を忘れられなく、悲しんでいるだけではいけない。
記憶すること。
ただその人を思うだけが記憶ではない、
記憶するとはその人と今も一緒に前進していくこと。
今も側近くにいて共に歩んでいることを記憶する。
そこに本当の贖いを見出すことができる。
力強く語るそのユダヤ人女性の姿に感動でした。
忘れてはいけない。
尊い生命の犠牲があって成り立った国であり、
今もこうやって僕らが何不自由なく暮らせるのは彼ら勇敢な兵士たちのおかげ。
自爆テロを起すテロリストの死者数と
イスラエル国のために戦い亡くなっていかれた人の死者数では比較の対象にならない。
なぜなら命の尊さが違うから。
死者数だけを見て何かを評価をしようとするの違うと思う。
今夜から独立記念日となっていきます。
これが今朝の新聞です。
悲しみと喜び、まさに両極面を一面に表しているとても象徴的な写真でした。

やってきました、週に一回のこのコーナー
「週末だよ あの地へ行ってみよう~!」
今回僕らが訪ねたところは「旧市街」。
旧市街といってもまわれる箇所はたくさんありまして、行く所でいろいろな発見があります。
しかしイスラエルでの生活が長くなりますと、行く所も食事するところもだいぶ固定されてしまうんですね。
開拓しなければ!!と思っていた矢先、某先輩がめったに行かないところに連れて行ってくださいました。
そこにはなんと、あの旧市街の中にガン・エデン(天国、楽園)があったのです!
イエスキリストが最後十字架を背負って歩かれた道を「ビアドロ・ロサ(ラテン語で悲しみの道)」と呼ばれていまして、
その道がそれぞれいくつかのステーションに分かれています。
第三ステーションから大体人ごみが多くなり、何がなんだか分からなくなるのですが、
もしその人ごみを嫌う方がおられたら、そこを左に曲がるのでなく、右手側を向いてください。
きっとこんな看板を目にすると思います。

いつも気になっていたんですが、なかなか勇気がなくて入れませんでした。
けど入ってみてビックリ!ここはまさに旧市街の中の天国!
こここそ知る人ぞ知る「オーストリアン・ホスピス」です。

世界一人口密度が多いのではないかと思われるここ旧市街で、
ゆったりといすに座って、ゆったりとビールを飲み、ゆったりとおしゃべりなんかしちゃう。
心地よい風が吹く中、こんなにもまった~~りとした時間を過ごすことができるこの場所、
ほんとうに穴場中の穴場でした。
ここで飲んだコーヒーおいしかった~!
ここに強引に持ち込んだクナッフェおいしかった~!
(あまりに気持ちよすぎて写真撮るの忘れてました・・・)
だけど・・・
ここにきたらもうビアドロロサのつづきは歩きたくなくなってしまう可能性がありますので
一通り巡礼が終わってから来ることをお勧めします。
それと・・・
貧乏留学生の私たちには少々高級すぎますので、
行き過ぎないことをお勧めします。
そして・・・
最後のお口直しにこちらのお豆さんがダマスコ門近くに売っておりますので
こちらのほうをお帰りの前にご購入されることをお勧めします。
目印はこのおじさんです!!

まず最初に新メンバー加入にバンザイ!嬉しいですね。
だけどヘルツェルさんがメンバー入りしたのはすでに2ヶ月前くらいのはず・・・
今までどちらにいかれてたんですか!?
それはそれとして、
今日も行ってきましたよ、聖書の舞台。
今回僕らが行ったところはアナトテというところ。
わたくしもうイスラエルに6年近く住んでいるんですが、
アナトテに来たのは今回が初めて・・・
しかも行ってみてビックリ!なんと家から15分で着いてしまう近場中の近場でした。

ここにはまだ入植して30年にもならない意外と新しいユダヤ人の居住地があります。
ここの地域特有の地形なのでしょ、周りにはゴツゴツとした岩が並び、ずっと離れたところまで荒地が続いています。
そしてここがどのように聖書と関連してくるのか!?
ご存知の方も多いかと思いますが、ここは預言者エレミヤの故郷なんですね。
紀元前6世紀頃、まさに第一神殿時代終結のとき、
この地でエレミヤは預言活動を展開していきました。
異教崇拝がはびこりまさに混沌とした時代の中で、
神様はエレミヤという少年を選びだしこの地で召命しました。
最初は若さゆえに固辞しようとするエレミヤでしたが、神様は常にエレミヤを励まし続けます。
あえて王や祭司、また国民に立ち向かわせますが、神様は常にエレミヤと共にいて救い出すと言われています。
そして神様からの声がかかれば「コーアマルハシェム(神はこうに言われる)」といって民たちに伝え続けました。
宗教生活が堕落していく中でただ一人立ち上がり、宗教改革を興しては、
もう一度神に立ち帰ることをなそうとした
まさに時代の精神的指導者であったのがエレミヤでした。
神殿は崩壊し、民は捕囚となりバビロニアに連れてかれてしまいます。
しかし絶望的な状況の中で預言された言葉や詩は、怒り、悲しみ、哀れみだけではなかった
それは未来への希望であり、また励ましでもあった
神の言葉を聴き、神が示す道を歩み続けていたイスラエルの父祖たち
その信仰の父祖たちが生きていた古の日々の如くに
常に我々も神に立ち帰るんだと叫び続けた
そんなエレミヤの人物像が伺えます。
聞いたところによると、エレミヤがこのアナトテの地で召命を受けた時はまだ若干20歳だったとか。
今日も20歳の友人がまだ未熟だけどエレミヤのようになりたい!と叫ぶ姿に感動。
聖地に立ってそこで生きた者に少しでもあやかろうとする、
これこそまさに聖地でし味わえない留学しているものの特権です。
ガンバレ!
ってね、思いました。
今日の学びは深かったです。
たまにはいいですよね、まじめな記事を書いても。
初投稿しますヘルツェルです。よろしくお願いします。私の役目はヘブライ語新聞を翻訳し、みなさんに生の現地情報をお伝えすることです。
最近、心ある方が、いや”方々”がこのブログに一目置き、
多くの”見知らぬ方々”から反応のコメントをいただいています。
嬉しさのあまり、涙が止まりません(涙マーク)。
書き手としましても、いよいよ多くの情報を提供したく思っています。
そしてひとえにこのブログの運営とバージョンアップのために
日々改善改良に努めているcarmelさんにも感謝が尽きない。
ぜひ彼の熱い思いが紹介文に書かれてあるので読んでください。
さくら~さくら~
咲きましたよ、今年もあのさくらが!

毎年「今年こそ切り捨てるからね」と声をかけてあげると、
決まって満開の花を咲かせてみせるんですよ。
もういい歳だと思うんですけどね、
今年もこの木からなる実で作るジャム食べたいですね。
朝食にでてくるシャメネットにいれて・・・
あぁ~よだれでてきそう。
今回はまだそれは早いので
代わりのものをまず食べました。
花見といえば、
やっぱアラエッシュでしょ!

懐かしいですか。
花見最高!
イスラエル、最高!!
(今度こそちゃんとしたニュース書きます)
今朝戦いました。
しかも、男三人がかりで
だって家に最強に侵入者が現れたんですもの
この大事な家を守るべく、我々は死を恐れず立ち向かいました。
侵入者はこいつ!

まじやばかったですよ!
なんせ二重扉の間で爆睡してるですもの
そんでもって勇敢に戦い、見事勝利したのが彼

うん、君も最強だよ。
ある意味ね。
ご近所の皆さん、
朝からギャ~ギャ~騒いでしまいまして
どうもすいませんでした。
ペサハ休み中で~す!!
最高に嬉しい
だって、2週間も大学休みなんだもん
だから、ギリシャ旅行でも行こうかなぁって
思ってました・・・
ただ思ってただけです。
行けるわけ無いですよね。
僕らには休みはありません!!
編集作業難航中!

חג שמח~!!
ハグ・サメアハ!!
過越しの祭りです。
キブツの式典に出てきました。
たのしかった~
にぎやかだった~
終わるのはやかった~
(分かる人には分かりますよね。)
そして片付け後の回収作業、すごかった~
(これも分かる人にはわかりますよね。)
歴史事項をすべて書くのはちょっと大変なので、また今度にしますね。
今度っていつ?
きっと誰かが来年書いてくれますよ。
けど、こうやって全国民あげて民族の贖いを祝い、また次の世代へと伝えていく。
苦しいことも、悲しいことも忘れてはならない。
だけど、一番忘れてはいけないこと
それは、
イスラエルの民は贖われ、自由の民となったこと。
それは過去のことだけではなく、必ず我々にうえにもなる。
やはり信仰の民は強い!
そう思うと共に祈りが湧かされてなりませんでした
『どうぞ、イスラエルをこの一年も守って下さい
3000年前にイスラエルの民を奴隷生活から救いだしたように、
奇跡と印をもって、イスラエルの上に平安をもたらしてください
そして
来年こそは築き上げられしエルサレムの地で!!』