Category: 宗教

ユダの荒野

あ、私事で、しかも事後報告なんですが、昨日付けで23歳になりましたCarmelです。
イスラエルで迎える4度目の誕生日、皆から多くの祝福を受けて感謝の限りでございます。

言葉にするのはあまり得意じゃないから、どんどん写真を掲載していこうと思いながらも、それすら面倒がって進んでない状況ですが、年齢の区切りを迎えた今、新しい一年が一層の飛躍と変貌の年となりますよう願います。

昨日はユダの荒野と呼ばれるイスラエル東部、死海周辺の地域を旅して参りました。

エイン・ゲディ、ダビデの滝

エイン・ゲディ、ダビデの滝

マッサダ(要塞)、奥に見えるのが死海

マッサダ(要塞)、奥に見えるのが死海

天然の要害として建てられ、ユダヤ戦争においては苦しい防衛戦の末にユダヤ人の集団自決を選びとったマッサダ(要塞)。

世界で最も低い標高(現時点で海抜マイナス418メートル)に位置する塩湖で、いかなる生物も生息できないと言われるほどの塩分濃度(約30%)である死海。

ダビデがイスラエルの王になる前の頃、サウル王に追われ、多くの従者と共にその身を隠した物語で語り継がれる、4つの泉を持つ荒野のオアシス、エイン・ゲディ。

どれも古来からユダヤの精神において重要な役割を担ってきた場所場所です。

何もかもが豊かに満ち足りて恵まれることばかりが祝福ではありません。 時には人生の砂漠の様な場所を通ったとしても、もっと大いなる存在に触れることを渇望し、また不思議な生命力で溢れる様な事だってあります。

人は砂漠の様な不毛な大地に立った時、決して一人では生きていけませんし、その目は自然に天へと注がれます。 物質的に不自由の少ない生活ができる現代のようであっても、次代を開く鍵はもっと目に見えない所に隠されているように感じます。 自分自身、工学を志す身ながら、荒野で何においても不足しがちな生活の中に身を置く人々に触れ、共に生活を体験した時、彼らの内にある不思議な闘魂、開拓者精神という物を熱く感じ取りました。

物作りは、確かに人の生活を便利にし、また不足を補うためにありますが、それ以上に人の心を豊かにしていけるような技術者になりたい、そういう風に今願いが湧いてます。

安息日の決まりごと

 

安息日=それは神様が6日間かけて天地を創造され、7日目に初めて安息のときをもたれた日。

 

簡単にいいますと、安息日とは、一週間の労働を終え、

心身ともにひとときの休息のときを与えるとても大事な日なのです。

ただ休むだけではなく、何回もシナゴーグにいってはお祈りを捧げ、

神様と深く交わることができる一番大切な日と考えられています。

安息日は一週間に一回やってきますので、たいした重要性は無いのではないかと思われがちですが、

しかしこの安息日は、一年に一回しかやってこないどの祭日よりも最も大事な日と定められているのです。

それだけに安息日の戒律にはいろいろな決まりごとがあり、さまざまな解釈の仕方があります。

 

基本的には安息日には全ての労働が禁じられています。

働くこと、書くこと、写真をとることなど利益行為や機械・道具を動かしたりすることはかたく禁じられています。

しかし時代が進展するにつれ、世の中にはさまざまな物が発明され、豊かになってしまったがゆえに、

人々は何が労働にあたり何が労働とみなされないのかがわからなくなってしまうケースは多々あるわけです。

そのためあらゆるところで注意事項書きがされています。

そう、このように・・・

チューペット

לשבור לפני שבת  安息日の前に割ること!」

 つまりですね、チューペットを安息日に割ることは労働とみなされる。

だから安息日になるまえにチューぺットを割っておきなさい。

そうすれば安息日でも食べれますよ。

といったことが書かれてありました。

 

時代の進歩により生み出されたこのチューぺット。

これを割るために費やされる労力がどれぐらいなものかは計り知れませんが、

それがなぜ労働にあたるのか、という解釈にはなかなか奥深いものがあります。

みなさんはどう思いますか。

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