
夏が終わろうとしている。
暑いイスラエルの夏。
今年は格別に暑かった。
いろんな意味で熱かった。
僕にとっても最高の夏だったと思う。
夏は一年に一回やってくるかもしれない。
けど、毎年思うんですね、
こんな夏はもう二度とないだろうなって。
友と汗流しながら、涙流しながら、
一つの目標をやり遂げた時の達成感と歓喜は計り知れないものである。
でかい目標には、でかい困難がセットのようにくっついているもんであって、
決して簡単には超えれはしない。
だが、決して簡単にはあきらめたくない。
だからこそ人は「挑戦」をする。
不可能なものだと思えば思うほど「挑戦」したくなる。
不可能を可能にするパワーは、潜在的パワーをくつがえすような、物理的に証明できない不思議なパワー。
下手でアレ、失敗でアレ、
なんでもいい。
みんなの笑顔が僕らのパワーの源。
この夏もイスラエルで過ごせてよかった。
最高の夏だった・・・
二度とこないであろうこの夏・・・
この夏も、あの夏も、どの夏も、イスラエルで過ごした夏はいつも最高の夏だったな。
夏が終わる頃、こんな気持ちにさせられるのは僕だけでしょうか。

昨日はユダヤ暦で数えて、アヴの月の9日目にあたる日でした。
ユダヤ教の伝承では、この日にエルサレムにあった神殿が崩壊した日であるといわれています。
ユダヤ教における神殿とは、古代エルサレムにそびえたっていた最大の礼拝所。
この地で多くの祭儀が執り行われ、また祈りの中心地として多くの巡礼者が訪れる場所であります。
まさにユダヤ人にとって神殿とは、神様が宿る最も聖なる場所にあたるのです。
ここエルサレムには、3000年前にソロモンによって創建された第一神殿があり、
その後一度は滅びますが、エズラ、ネヘミヤたちによって神殿はエルサレムに再建されます。
しかし、今から1939年前の昨日、アヴの月の9日目、ローマ帝国軍の攻撃によって完全に崩壊してしまうのです。
長い歴史をえて、再びユダヤ人はエルサレムに帰ってくることができたわけですが、
今はもうここに神殿は建てられてありません。
しかしその跡地には、いまだに当時の神殿を囲んでいた壁(嘆きの壁)などが残っており、
最も神殿に近いこの嘆きの壁で今でも毎日、24時間祈りが捧げられています。
そして年に一回、神殿が崩壊したその日には、多くのユダヤ人はここ嘆きの壁に集まり、
夜通し哀歌などを読みながら神殿が破壊されたことを嘆き、その悲しみを記憶するのです。
朝5時、眠い目をこすりながら、僕らも嘆きの壁へ。
断食をしながら徹夜祈祷ということもあり、皆の表情は少し苦しそうでしたが、
一つ一つを自分の体で記憶することで、またそれが祈りへと変わっていくのでしょう。
ただ、少々子供たちには大変そうなのかな。
しっかりと寝袋を用意して、お父さんたちが祈っている横で爆睡中・・・
もっとも聖なる場所で見る夢っていったいどんな夢なんだろうなぁ???

お久しぶりの更新です。今までサボってしまいました・・・
今日は朝の5時15分に起床。シナゴーグというユダヤ人の会堂に行ってきました。
それにはちゃんと理由があったんです。
イスラエルでは、男の子が13歳になるとバル・ミツバという式を行います。
そしてその式をとおり、初めて立派な大人と認められるわけです。
いわゆる日本でいう成人式ですが、イスラエルでは大人として自覚を13歳になった時にもたせるんですね。
イスラエルでバル・ミツバを祝っている場面に何度か遭遇したことはありましたが、今回は特別でした。
僕がイスラエルに来たときに最初ヘブライ語をキブツというイスラエル独特の共産村で学び、生活しました。
そのときに特別に里親(いわゆるホームステーのように迎え入れてくれる家庭)が与えられました。
つまり、僕にとってはそこがイスラエルでの家族であり、両親がいて兄弟もいるわけです。
そして今回はその家庭の三番目の男の子が13歳を迎え、バル・ミツバをお祝いしました。

バル・ミツバを迎えたときに、初めてテフィリンという祈祷時に用いる子箱を身に付けて祈ることが許されます。
そして会衆の前で壇上にあがり、聖書を抑揚をつけて読み上げるのです。
それはとても大変なことで、もちろん緊張もしますし、聖書朗読を間違えないよう数ヶ月前から猛練習します。
けど、今朝彼がこのように立派に堂々と聖書を読み上げているのを見て思わず涙してしまいました。


僕がこの家庭に来たときは、彼はまだ6歳でした。
とてもやんちゃで、ちょっぴりおかしなところもあって、
よくシャワー浴びた後は全裸で走り回り、そのまま僕のところに飛びついてきていたのを昨日のように覚えています。
だけど、そんな彼がこんな立派な姿に変わるとは・・・・・・
とにかく感動でした。
バルミツバおめでとう!!
ハグ アツマウート サメアハ!!
イスラエルが独立61周年記念を迎えました。
そして今年はテルアビブ市100周年記念でもあります。
とにかくHAPPYなのでみんなで乾杯!!!
とにかくHAPPYなので、そこらじゅうでバーベキューやってますよ。
だけど・・・
今年は肉が食えなかった~~!!
そして独立記念日恒例の聖書クイズやってましよ。
気合入れてみましたが今年も
一問しかわからなかった!!
うん、一問分かったんだからすごい。
さて問題です。
「士師記の中で、鉄の戦車900両をもち、20年間イスラエルの人々を激しくしえたげた人は誰?」
答えが分かった方はコメントに入れてください。
もれなく・・・・・があたるかもしれません!!
イスラエル独立61周年おめでとうございます。
4月28日戦没者記念日。
建国以来イスラエルのために戦い戦死した兵士、またテロ行為の犠牲になった人の数はすでに
22570人になる。
イスラエルでは毎年建国記念日を前に戦没者を記憶する時をもつ。
午前11時、2分間のサイレンとともに全てがとまった。
誰も動きもしない。
お昼、ひとりの女性がテレビ授業を行っていたのが印象的だった。
若くしてご主人を戦争で失い、失望の中をとおりながらも、信仰をもって現実を受け入れている話。
辛さゆえに毎日涙した。
未来に不安があった。
けど、バアル・シェム・トーブ(18世紀に生きた偉大なユダヤ思想家)が言った言葉が今も支えとなっている。
“בזכרון סוד הגאולה”
「記憶の中に贖いの秘密がある」
大事な人を失った悲しみは絶えることは無い。
しかしただその人を忘れられなく、悲しんでいるだけではいけない。
記憶すること。
ただその人を思うだけが記憶ではない、
記憶するとはその人と今も一緒に前進していくこと。
今も側近くにいて共に歩んでいることを記憶する。
そこに本当の贖いを見出すことができる。
力強く語るそのユダヤ人女性の姿に感動でした。
忘れてはいけない。
尊い生命の犠牲があって成り立った国であり、
今もこうやって僕らが何不自由なく暮らせるのは彼ら勇敢な兵士たちのおかげ。
自爆テロを起すテロリストの死者数と
イスラエル国のために戦い亡くなっていかれた人の死者数では比較の対象にならない。
なぜなら命の尊さが違うから。
死者数だけを見て何かを評価をしようとするの違うと思う。
今夜から独立記念日となっていきます。
これが今朝の新聞です。
悲しみと喜び、まさに両極面を一面に表しているとても象徴的な写真でした。


חג שמח~!!
ハグ・サメアハ!!
過越しの祭りです。
キブツの式典に出てきました。
たのしかった~
にぎやかだった~
終わるのはやかった~
(分かる人には分かりますよね。)
そして片付け後の回収作業、すごかった~
(これも分かる人にはわかりますよね。)
歴史事項をすべて書くのはちょっと大変なので、また今度にしますね。
今度っていつ?
きっと誰かが来年書いてくれますよ。
けど、こうやって全国民あげて民族の贖いを祝い、また次の世代へと伝えていく。
苦しいことも、悲しいことも忘れてはならない。
だけど、一番忘れてはいけないこと
それは、
イスラエルの民は贖われ、自由の民となったこと。
それは過去のことだけではなく、必ず我々にうえにもなる。
やはり信仰の民は強い!
そう思うと共に祈りが湧かされてなりませんでした
『どうぞ、イスラエルをこの一年も守って下さい
3000年前にイスラエルの民を奴隷生活から救いだしたように、
奇跡と印をもって、イスラエルの上に平安をもたらしてください
そして
来年こそは築き上げられしエルサレムの地で!!』