12年ぶりに

naotosakakiと昨日イスラエルで会った。

嘆きの壁

そう、彼と最後にあったのは確か中学の卒業式だった。

中学時代はnaotoとその仲間たちとよくつるんでいたが、高校に入ってからはめったに会う機会もなかったのだ。

そんな彼がはるばるおいらを訪ねにイスラエルまで足を運んでくれた。

以前イスラエルに遊びに来てくれたsugiXという男を紹介しことがあるが、

naotoもsugiXもみな中学時代の同級生であり、親友である。

イスラエルに留学するなんて、はたから見ればバカヤローのすることだと思われがちだが、

そんな誰もがやろうとしないことを称賛してくれるのは、やはりつねに夢に向かい向上一路している奴らばかりである。

そんな奴らがおいらの周りにたくさんいることはありがたいことで、大きな刺激となるのだ。

直人

naotoはとにかく優秀な奴で、現在も誰もが知っている某大手会社のエンジニアとして働いている。

ものつくりをしている人間だからか、普通の旅行者とはイスラエルの物に対する見方がぜんぜん違う。

万が一戦争が起きた場合、ヘブライ大学が軍の基地に変わってしまうことに感動する奴は初めてだった。

基地ともいえる大学を探検しながらその”物”がどのような意図をもって構造され、

どのような仕組みになっているのかが気になってしょうがなかったみたいだ。

アメリカの大学院を終えているだけあって、学識が豊富なことはもちろん、現代社会に対する見方が大きいことに驚いた。

「今の日本はぬるい。このままじゃおかしくなっていく。」

と語る彼の眼は本気だった。世界を渡り歩いてきた人間が言える言葉なのかもしれない。

日本食レストラン

世界観、人生観、死生観などはまったく違うが、なぜかお互いどのように生きたいかを語ると自然と熱くなる。

「物を生み出すものとして、この世の中に何かしら影響を与えるような物をつくりたい。」

naochin、おいらは信じています、その内に秘めている熱いハートをもってこれを成し得ることを。

そしてnaochinが言ってくれた言葉を忘れずに今後もバカヤローの道を極めていきたいと思います。

「やっぱりきみみたいな変人(変わり者)が子孫を残していかないと、

日本には凡人しかいなくなっちゃう。だからちゃんと結婚しなよ。」

心のそこから喜べないメッセージだけど、なにはともあれ、naochinとイスラエルで会えて嬉しかったです。

トダ・ラバー!!



エジプト旅行は

 

めちゃんこ楽しかったです!

たとえ国は違っても、まわるところ全てが聖書の舞台!

歴史的にみても古代文明を知る上で重要な地。

中学一年のときに「エジプト文明ってすごいんだぞ!」と社会の先生に教えてもらいましたが、

今になって、自分の目で見てやっと「なるほどね~」とうなずけるわけです。

 

とにかくどこに行っても感動しっぱなしでした。

ただ更新がこんなにも遅くなってしまったので・・・

 

なんか新鮮味もかけてしまいまして・・・

 

そんでもって、やはり私はイスラエルを紹介する使命がありますので・・・

 

旅行記はまたおいおい、どこかで、お伝えします。

 

「ホントは行ってないんだろ!」と言われないよう、一枚パシッ!

 

ピラミッド



急ですが

フレー湖

昨日、イスラエル北部のゴラン高原一帯を旅してきました。

雨が降り始めたイスラエルでは、草木が元気に伸びめはじめ、

ところどころでアネモネの花が咲いています。

今年は例年よりも降水量が多かったためか、どこに行っても緑一面の草原が広がっています。

まだ一月ですが、もう春の到来かなぁと思わせるような心地よい天気。

こんなイスラエルの気候が大好きなんです。

 

っんで、旅行も快適で楽しいもんでしたが、

時間が全くないので、内容はまた今度書きます!

 

っんで、急なんですが、

本当に急なんですが・・・

 

今からエジプトに行ってきま~すぅぅぅ!!

出イスラエル、入エジプトに出エジプト、入イスラエル。

旅の無事を祈りつつ・・・

おもいっきり楽しんできます!!

להתראות!!



イスラエルがフムスで

ギネス記録を更新いたしました(拍手)!!

 

今日の新聞を見ていたら、なんじゃこりゃ~あ!と仰天かつ爆笑してしまほどの記事を発見。

イスラエルのアヴ・ゴッシュという町で今までのギネス記録を大幅に更新する大記録が誕生!

これがそのギネス誕生時の証拠写真です 。

 フムス

 

一枚のお皿に中東の伝統的料理であるフムスをどれだけのけられちゃうのかを争う、

超珍競争に思わず笑ってしますが、これを国家間で戦っているのがイスラエルとレバノン。

2009年10月に、レバノンが従来イスラエルが保持していた

ギネス記録400キロを大幅に超える2056キロを一皿にのせきることに成功。

「フムス=レバノン」という印象を全世界に広めしめた。

しかし、これに黙っていないのがイスラエル。

先週の金曜日に、イスラエル一番のフムスの町アヴ・ゴッシュで、レバノンの記録をいとも簡単に更新してしまった。

それも作り出した新記録はなんと4065キロ!!

「向こう30年はイスラエルに勝てないと思わせたい(byイチロー)」

と思わさせるような大記録。

これを作り上げるのに300人以上もの人が借り出されたとか・・・さすがイスラエル!あっぱれです。

 

やられたらやりかえす!といったイスラエルの姿勢は大好きだなぁ。

この程度の戦争で終わってほしいものですが、これでレバノンがどう反応してくるか恐ろしいものです。

お願いだから、武器での報復攻撃はしないでください!



現代ヘブライ語の父の誕生日

 

אליעזר בן-יהודה

今日1月7日(正確にはユダヤ暦におけるテベットの月の21日目)は、

私が尊敬してやまないエリエゼル・ベン・イェフダーの誕生した日です。 

ベン・イェフダーは、今から約100年ほど前、まだイスラエル国が建国されるずっと前から、

長い間書物にだけしか使われていなかったヘブライ語を話し言葉として現代に復活させた先駆者、

まさに現代ヘブライ語の父なのです。

 

きっとピーンと来ない人も多いかもしれませんが、

今から数十年前はまったくといっていいほど使われていなかった言語が、

今ではイスラエルの母国語として何百万人の人が日常会話で使っているのです。

そして今日になって、もう一度彼の功績を見直し称えること、

そして彼が必死の思いで復活させた現代ヘブライ語を守り強化するため、

先日イスラエル政府により彼が誕生した日を「国のヘブライ語の日」と定めました。

 

ベンーイェフダーは今から二千年以上前に使われていたヘブライ語を調べ直し、もう一度現代に使えるようにしました。

そして現代において不足している単語には、姉妹言語を調べ語源をたどり、そこから新しい単語を生み出しました。

ただ彼はヘブライ語が好きだから、言語が好きだからヘブライ語の研究に狂ったのではありません。

ユダヤ人が独自の国家を建設するにあたり、まずはユダヤ人の共通の言語だと必要だと思い、

イスラエル建国のために全生涯をかけてヘブライ語を復活させることを誓います。

 

ヘブライ語の新聞を発行しては、そこにヘブライ語で国家建設の重要性を訴えてました。

また晩年はヘブライ語辞書の編纂に全ての時間を費やし、寝る間を惜しんで辞書製作に励みました。

1922年冬、ベン・イェフダーは志半ば、辞書の編纂を終えることをなくこの世を去ってしまいますが、

彼が残した資料は莫大なものであり、その遺志をついだ家族やヘブライ言語学者たちがその後も編纂作業にあたり、

全17巻からなる「ベン・イェフダー辞典(ヘブライ語大辞典)」を完成させました。

מילון בן-יהודה

 

私が本気でヘブライ語を勉強しようと思ったのは、ベン・イェフダーの生涯を描いた伝記を読んだときからでした。

そして私もこのような生き方をしたいと願い、この4年間ヘブライ語を勉強することを通して、

自分は何のために学び、どのように生きっていったらいいのかと模索しながら大学で戦ってきました。

 

不可能な夢を可能にするのに、ただ「奇跡」の一言ではおさまりきれない、とてつもない努力と、強い精神力、

そしてなによりもそれを実現にいたらすのはその人の「熱願と熱情」が一番大事だと気づかされています。

 

「היום קצר והמלאכה מרובה」時は短く、なすべきことはあまりにも多い

 

2010年もベン・イェフダーの如く、一日一生の思いで精一杯生きていきたいと思います。



はふたあァ~!

 

日本食

 

大量の日本食がいきなり我が家に届いちゃってました!

突然の贈り物にみなビックリ!!

ほんと感謝です(涙・・・)

 

これはやはり一枚記念撮影でしょ、ということで一枚パシッ!

やはりどこにいても、日本食が一番ですね。

いつも私たちのことを心に留めて日本食などなどを送ってくださる皆さん、

本当にありがとうございます!!



ご来光を仰ぎながら

みなさん、2010年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

 

こちらイスラエルは全くと言っていいほどお正月の雰囲気がありません。

ユダヤ教にはまた別の暦がありますので、西暦を基準とした新年はまったくといっていいほど祝いません。

だから昨日も今日もいたって平日、なんとも味気ないものです。

 

今年も例年と同様、初日の出を仰ぎにいくため、ヘブライ大学に出向かいました。

あいにくの天気のため、視界は悪く、太陽がいつ上ったのかわからないくらいでしたが、

やはり新しい年を迎えるにあたって、初日の出に見に行くと心も新たな思いにさせられます。

ふと手に持っていた聖書開いて読んでみると、不思議な発見がありました。

 
第二年の正月になって、その月の元日に幕屋は建った。
すなわちモーセは幕屋を建て、その座をすえ、
その枠を立て、その横木をさし込み、その柱を立て、
幕屋の上に天幕をひろげ、その上に天幕のおおいをかけた。
主がモーセに命じられたとおりである。(出エジプト40章17~19節)

 

会見の幕屋とは、今から約3400年前に古代エジプト王国の奴隷として苦しい生活を送っていたイスラエルの民が、

神に召命された民族指導者モーセに率いられて、出エジプトした故事に関わってきます。

出エジプトしたイスラエルの民に対して神様は、荒野の中に神と民が出会う至聖所「会見の幕屋」を作るように指示します。

出エジプトしたニサンの月を正月と定めましたが、それから一年後の元日に幕屋は初めて完成しました。

つまり簡単に言えば、元日に幕屋は建てられたのです。

 
モーセは会見の幕屋に、はいることができなかった。
雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。
雲が幕屋の上からのぼる時、イスラエルの人々は道に進んだ。
彼らはその旅路において常にそうした。
しかし、雲がのぼらない時は、そののぼる日まで道に進まなかった。
すなわちイスラエルの家のすべての者の前に、
昼は幕屋の上に主の雲があり、夜は雲の中に火があった。
彼らの旅路において常にそうであった。(出エジプト40章35~38節)

 

幕屋が進んでいくときにはつねに雲が覆っていた。ただの雲でない、主の雲が覆っていたといいます。

今年の初日の出は雲に覆われ何も見えませんでしたが、

幕屋が建てられてた元日にこのように雲が全イスラエルを覆っていることに感動。

この一年はきっとイスラエルにとってもまた自分にとっても激動の一年にになるかもしれない、

だけど主の雲に覆われながら示される道を歩んで生きたい!

そのように思わされた一年の始まりでした。

会見の幕屋



「ちっぽけな勇気」を持って

夕日

2009年が終わろうとしています。

今年も皆さんには大変お世話になりました。

変則的な更新というか、ここ数ヶ月は全くできませんでしたが、元気にイスラエルで生活しています。

 

12月31日。

今日は、私ベン・ユダの日本への完全帰国日です・・・

だったはずなんです。すでに切符も購入していまして、日本に帰るき満々でした。

だけど、もろもろの事情により、あともう少しイスラエルに残ることになりました。

正直言いまして、まだ卒業論文が終わってないのです・・・

無学で無知であった私が、海外の大学で勉強するなんて夢のまた夢であり、

ましてや卒業するなんてもう無謀な挑戦でしかありませんでした。

諦めること数知れず、投げ出したこと数知れず、迷い悩み苦しんだこと数知れず。

けど、ここまでやってきたことに全くの後悔がないのが不思議なんです。

 

いろんなことがあった一年。

引き下がっていたときもあれば、馬鹿になって走り回っていたときもあったなぁ。

日本から同級生が遊びに来てくれたことも嬉しかったなぁ。

やつは今頃中国で、自分の可能性を試すため戦っている。

sugiXだけじゃない、U-zoも今はアメリカで必死こいて勉強している。

そんなやつらからもらった刺激とちょっぴしの励ましが自分には大きな力となっていました。

帰国を前に、イスラエルでともに汗水流し生活してきた友人から多くの励ましのメールをもらっています。

またイスラエルの親友たちも何とか僕を卒業させてあげようと、尋常ならぬ助けとエールを送ってくれます。

だから、帰国を前にして思うんです。

ここまでこれたのは自分の力じゃない。愛され、励まされ、勇気づけれ、助けられ、力づけられ・・・

 

昨日ふとユーチューブを開いたら、トップ画面にこの歌があった。

「ちっぽけな勇気」(FUNKY MONKEY BABYS)

思わず、一人で号泣してしまいました。

もう古い歌なのかもしれませんが、久しぶりに聞く日本の歌謡曲に思わず感動。

 

俺たちはまだちっぽけで 手のひらの中には
この手のひらの中には 何にもないけど
雨に打たれ 風に吹かれ でも諦めないから
でも諦めたくないから
きっといつか何かを掴むんだ

 

一年を締めくくるには最高の曲でした。

人生若くても、年をとっていても、どこにいても、何をやっていてもいい。

大事なのは挑戦し続けること。

「常在戦場」

この気持ちで新しい一年を迎えたいと思います。

2010年はしっかりと更新していきたいと思いますので、またよろしくお願いいたします。

それではよいお年を!

שנה טובה ומתוקה!



ユダの荒野

あ、私事で、しかも事後報告なんですが、昨日付けで23歳になりましたCarmelです。
イスラエルで迎える4度目の誕生日、皆から多くの祝福を受けて感謝の限りでございます。

言葉にするのはあまり得意じゃないから、どんどん写真を掲載していこうと思いながらも、それすら面倒がって進んでない状況ですが、年齢の区切りを迎えた今、新しい一年が一層の飛躍と変貌の年となりますよう願います。

昨日はユダの荒野と呼ばれるイスラエル東部、死海周辺の地域を旅して参りました。

エイン・ゲディ、ダビデの滝

エイン・ゲディ、ダビデの滝

マッサダ(要塞)、奥に見えるのが死海

マッサダ(要塞)、奥に見えるのが死海

天然の要害として建てられ、ユダヤ戦争においては苦しい防衛戦の末にユダヤ人の集団自決を選びとったマッサダ(要塞)。

世界で最も低い標高(現時点で海抜マイナス418メートル)に位置する塩湖で、いかなる生物も生息できないと言われるほどの塩分濃度(約30%)である死海。

ダビデがイスラエルの王になる前の頃、サウル王に追われ、多くの従者と共にその身を隠した物語で語り継がれる、4つの泉を持つ荒野のオアシス、エイン・ゲディ。

どれも古来からユダヤの精神において重要な役割を担ってきた場所場所です。

何もかもが豊かに満ち足りて恵まれることばかりが祝福ではありません。 時には人生の砂漠の様な場所を通ったとしても、もっと大いなる存在に触れることを渇望し、また不思議な生命力で溢れる様な事だってあります。

人は砂漠の様な不毛な大地に立った時、決して一人では生きていけませんし、その目は自然に天へと注がれます。 物質的に不自由の少ない生活ができる現代のようであっても、次代を開く鍵はもっと目に見えない所に隠されているように感じます。 自分自身、工学を志す身ながら、荒野で何においても不足しがちな生活の中に身を置く人々に触れ、共に生活を体験した時、彼らの内にある不思議な闘魂、開拓者精神という物を熱く感じ取りました。

物作りは、確かに人の生活を便利にし、また不足を補うためにありますが、それ以上に人の心を豊かにしていけるような技術者になりたい、そういう風に今願いが湧いてます。



イベント紹介!

 

今日はひとつイベントを紹介します。

僕も最近知ったことでかなり驚いているのですが、

これは見逃してはならないと思いブログにも取り上げようと思いました。

 

9月2日から6日にかけてSign代官山にて、日本初となるイスラエルカフェイベントが開催されます。

そう、その名も

「ISRAEL  ―Charm Your Week ~イスラエル、感じる一週間~」

まだまだ日本ではあまり知られていなイスラエルのチャームな部分を存分に知ってもらおうという画期的な企画!

イスラエルの音楽から料理、映像などを駆使して、知られざるイスラエルの本当の顔を見ることができる最高のイベント!

イスラエルに対して偏見を持っている人も、イスラエルを熟知している人も、みんなが楽しめるひとときだと思います。

 

そして最大の目玉は、イベント3日目の9月4日(金)に、

イスラエルNo.1ヒップホップグループ「Hadag  Nahash」がライブをするということ。

この企画のために来日されたのでしょうか?イスラエルでも彼らが日本でライブをするとのことで大騒ぎしています。

これは絶対に見逃せませんね!

  

イベント案内のサイトはこちら↓

 http://charm-israel.com/

http://tokyo.mfa.gov.il/mfm/web/main/missionhome.asp?LanguageID=&Question2=&MissionID=43&MissionID=

 

若者にはもってこいの企画だと思いますのでぜひぜひ足を運んでください!

入場は無料だそうです。

おもいっきし楽しんじゃってください!

あ~ぁ、僕もいきた~い!行かれたかたはまたイベント内容など教えてくださいね。



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